大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和57年(行ク)79号 決定 1982年12月16日

申立人 林振強ことラム・サン・クン

相手方 東京入国管理局主任審査官

主文

相手方が昭和五七年一一月一七日付で申立人に発付した退去強制令書に基づく執行は送還部分に限り本案事件(当庁昭和五七年(行)ウ第一七三号)の第一審判決言渡しの日から一か月を経過する日までこれを停止する。

本件申立てのその余の部分を却下する。

申立費用は相手方の負担とする。

理由

一  本件申立ての趣旨は、相手方が昭和五七年一一月一七日付で申立人に対して発付した退去強制令書に基づく執行は送還部分に限り本案判決が確定するまでこれを停止するというにある。

二  よつて検討するに、本件退去強制令書に基づき申立人の国外への送還が執行されると、申立人は本案訴訟を維持することが著しく困難になるばかりか、たとえ右訴訟で勝訴の確定判決を得たとしても、再入国その他送還執行前に申立人が置かれていた原状を回復し得る制度的保障が確立していないのであるから、申立人が右送還部分の執行により回復困難な損害を受けることは明白であるし、右損害を避ける緊急の必要性も認められるものというべきである。

三  相手方は本件申立ては「本案につき理由がないとみえるとき」に当たると主張する。

しかしながら、本件疎明資料によれば、申立人は昭和二七年(一九五二年)にベトナム・ハイホン市において出生し、大学中退後、駐ベトナム中華民国(台湾)大使館に勤務していた際にベトナム戦争の終局を迎えたことから、ベトナム脱出のため同大使館員から台湾の護照を取得し、台湾に渡つて約一年間稼働したのち、在ホンコン日本総領事から渡航証明書の発給を受け昭和五一年六月に本邦に入国し、東京都内で店員をしていたが、在留期間の更新をしなかつたため同年八月二二日以降不法残留者とされた者であり、台湾には同人の親兄弟等の親戚は居住していないこと、昭和五六年五月二二日衆議院法務委員会において法務省当局は、いわゆる「インドシナ流民」に関し、台湾等の旅券を不正に入手するなどして本邦に入国している者や、これらの旅券を正規に取得していても両親・兄弟等が現に第三国の難民キヤンプに収容されているなどのために本邦から出国しても適当な行き先がない者で特段の忌避事由のない者については、特別在留許可を与えるなどの処理方針を明らかにしたことが一応認められる。したがつて、右の事情のもとにおいて申立人が右の基準に該当し特別在留許可の対象となりうるか否かはさらに本案の審理を待つほかはなく、現段階において法務大臣の異議申出棄却裁決に違法がなく、ひいて本件の退去強制令書発付処分に違法がないと断ずることはできないというべきである。よつて、相手方の主張は採用できない。

四  以上の理由により本件申立ては理由があるものと認められるが、当裁判所は、執行停止の各要件、特に本案についての理由の有無については、本案訴訟の第一審判決言渡し後にその時点での資料に基づき再度判断するのが相当と考えるから、右第一審判決言渡しの日から一か月を経過する日まで送還部分の執行を停止することとし、その余は理由がないから却下することとし、申立費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 時岡泰 満田明彦 菊池徹)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例